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五稜郭

五稜郭

五稜郭は、幕末の蘭学者「武田斐三郎(たけだあやさぶろう)」が、オランダ書物から学んで設計した日本初の洋式のお城です。(他にも長野県竜岡城)

長い間、鎖国を続けていた徳川幕府は、たび重なる外国からの圧力に負けて、安政元年(1854年)神奈川条約(日米和親条約)を結び、これまでの長崎に加えて、伊豆の下田と函館に外国船の出入りを認めるようになりました。

そして、徳川幕府が函館に奉行を置き、五稜郭を築いて警備にあたりました。五稜郭の工事を始めたのが安政4年(1857年)、完成したのは7年後の元治元年(1864年)です。

五稜郭という名前は、周囲の石垣が星のような形になっていることから付けられました。

五稜郭の特徴は、五つの稜(角のこと)を持つ、星形の城郭であることです。西洋式の城なので、天守閣はなく、大砲などの兵器の近代化に対応して、守りに対して強い、よう砦の高層部分をなくしました。

城内からの攻めは、死角のないよう五稜の石垣を築いて、130門もの大砲が配備できる近代的な城の機能を持っていました。

城郭の内部には、木造平屋建て、瓦屋根の奉行所庁舎を中心に、侍の役宅や土蔵、弾薬庫などが立ち並び、奉行所庁舎には、4階建てに相当する太鼓櫓があって、そこからは、はるか港に出入りする船が監視できたそうです。